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カンタータ第170番《満ち足れる安らい、嬉しき魂の悦びよ》

バッハの教会カンタータ (28) BWV170

カンタータ第170番《満ち足れる安らい、嬉しき魂の悦びよ》
Vergnügte Ruh, beliebte Seelenlust
1726, 7/28 三位一体節後第 6日曜日

今度はライプチヒ4年目。4年目ぐらいまでは、 ともかく作品の数が多いのですが、その中でも演奏されることの多い、カンタータ第 170番《満ち足れる安らい、嬉しき魂の悦びよ》を聞きます。

これは、1726年 7月28日 三位一体節後第 6日曜日に初演された、アルト独唱用のカ ンタータですが、この頃BWV35 (9/ 8) BWV169 (10/20)というアルト独唱カンタータ が作曲されているので、特に優れたアルト歌手(カストラート)が滞在していたと考 えられています。この曲はその中では小規模な編成ですが、音楽的にはしみじみと聞 かせるものです。

▼とにかく、冒頭の3つの音符を聞くだけで、心がすーっと音楽に引き寄せられて行 きます。「満ち足りた安らぎ」という言葉がそのまま当てはまります。ゆったりと揺 れるパストラーレ。おだやかな弦楽合奏にオーボエダモーレがアクセントを添えま す。劇的ではなく、ゆったりとした展開ですが、しみじみとした満足を得られる音楽 です。

簡素できびしいレシタティーヴォを経て、3曲目のアリアは、1曲目のおだやかさと はうって変わった、不安に満ちた音楽となります。弦とオルガンの交わす、半音階的 な進行を、技巧的なアリアが縫っていきますが、とにかく方向が定まらない不安を感 じさせます。低音楽器、オルガンの低音部が使われていないのも、安定感のない感じ を出しているのでしょう。なお、シェルヘン盤ではオルガンの代わりにチェンバロを 使っていましたが、「音楽の捧げもの」を思わせるような響きがしていました。

4曲目のレシタティーヴォでは、ようやく弦が柔らかな響きを取り戻し、神の愛への 信頼が取り戻されるようです。ようやく歩むべき道が見つかるのです。
と言うことは、最後のアリアは勝利の歩みの音楽と言うことでしょう。ここでも、ず いぶん大胆な音程の動きが印象に残ります。しかし、ここでも歌詞は、生を厭い、一 刻も早く神の元に召されることを望んでいるのです。やはり、このあたりの考え方 は、現代人にはなかなか入り込めない世界です。

▼さて、この曲にはずいぶん多くの録音があり、まだ全部は聞いていません。しか も、ぜひ聞いておきたいものがいくつか残っていますので、詳細は続きでと言うこと にします。一応、今ある録音をあげておくと、

Scherchen 1952 Westminster
Deller / Leonhardt etc. 1954 VANGUARD
Goldberg 1960 PHILIPS
Marriner 1966 DECCA
Linde / Jacobs 1980 Virgin
Rilling 1982 Hanssler
Amsteldam Bach Soloists 1985 Ottavo
King / Bowman 1988 Hyperion
Sillito /Kowalski 1993 CAPRICCIO
Goodman /Stutzmann 1994 RCA
Kangas / Groop 1998 FINLANDIA
Leusink 1999 Brilliant
Herreweghe Harmonia Mundi
Leonhardt TELDEC

以上、14種類になりますが、アルフレッド・デラーが若きレオンハルト、アルノン クールらと共演した歴史的な録音やら、ヨッヘン・コワルスキの強烈な歌やら、いろ いろと気になる録音が多い曲です。デラー、ヤーコプス、ボウマン、コワルスキ、ブ ワルダ(Leusink)、ショル(ヘレヴェッヘ)、エスウッド(レオンハルト)とカウン ターテナーの競演でもあります。リリングの演奏も、この曲に関しては、他の演奏に そう聞き劣りするものではありません。アルトのユリア・ハマリもなかなかの好演で す。

(2001年3月23日)


▼さて、この曲の録音は非常に多いのですが、とりあえずカウンターテナーと女声ア ルトに分けて見ます。

1.Deller / Leonhardt etc. 1954 VANGUARD
2.Herreweghe Harmonia Mundi
3.Linde / Jacobs 1980 Virgin
4.Leonhardt TELDEC
5.King / Bowman 1988 Hyperion
6.Sillito /Kowalski 1993 CAPRICCIO
7.Leusink 1999 Brilliant

まず、カウンターテナーの草分けアルフレッド・デラーがこれを録音しています (1)。他にはBWV54やヘンデルのアリアなどです。バックは、「レオンハルト・バロッ クアンサンブル」、ヴァイオリンがメルクスとマリー・レオンハルト、チェロがアル ノンクール、オーボエがPiguet、指揮とオルガンがレオンハルトというものです。 1954年の録音で、歴史的楽器によるまさに最初の録音であると書かれています。デ ラーの柔らかい声は、ちょっと他に聞けないもので、今も魅力を失っていません。し かし、アンサンブルの方は、レオンハルトのオルガンはともかく、どうも音程の狂い が目立って、下手な市民オーケストラみたいになっています。デラーの声の魅力と、 歴史的価値ですね。

ショルの声は確かにすばらしいと思うのですが、ちょっときつくなるところがあり、 「安らぎ」の音楽と合わないこともあります(2)。むしろ、ヤーコプスの声の方が優 しく、デラーに次いで魅力的です。ただし、アンサンブルの方は、雰囲気は良いが ちょっとひかえめに過ぎます(3)。

レオンハルトの全集の方の録音は、きっちりした演奏で、エスウッドも折り目正しい 歌唱です(4)。大変立派な演奏と思いますが、今ひとつ深い情感に欠ける気がしま す。ボウマンとキングス・コンソートの演奏は、声も美しく、アンサンブルもうま く、良い演奏です(5)。

コワルスキは声に迫力がありますが、粗いところもあり、ヴィブラート過多のところ もあり、アンサンブルも面白味に欠け、全体としてもう一つでした(6)。これだけ が、カウンターテナーにもかかわらず、現代楽器のアンサンブル(アカデミー室内合 奏団)です。ブリリアントのブワルダの演奏ですが、アンサンブルはとても良いと思 いましたが、歌が始まるとちょっとね。これも、途中でパスしました(7)。

結局、どれも一長一短と言うことになり、そもそもカウンターテナーが嫌いな人もい るので、どれがおすすめとは言えませんが、ヘレヴェッヘ/ショルの演奏はカップリ ング(BWV54,BWV35)も考えると十分値打ちがあります。

▼次に、女性アルトの演奏です。

1.Scherchen / Roessel=Majdan 1952 Westminster
2.Goldberg / Aafje Heynis 1960 PHILIPS
3.Marriner / Baker 1966 DECCA
4.Rilling / Hamari 1982 Hanssler
5.Amsteldam Bach Soloists / Van Nes 1985 Ottavo
6.Goodman / Stutzmann 1994 RCA
7.Kangas / Groop 1998 FINLANDIA

まず、ジャネット・ベイカーの歌とマリナーのバックアップはす ばらしいものです(3)。このCDには、他にBWV82とBWV159という名曲が入っています。そ の他では、リリング/ハマリもまずまずの好演(4)、カンガス/グロープもすっきり した好演です(7)。以上は、現代楽器の演奏です。他に、シェルヘンはちょっと古す ぎるし(2)、ゴルトベルクはブランデンブルク協奏曲などの3枚組アルバムに含まれ ているものです(3)。5曲目のアリアが思い切りレガートで驚かされます。

ヴァン・ネス(5)はアンサンブルがピリオド楽器で、ピリオド楽器は好きだがカウン ターテナーは嫌いという人には、絶好の演奏です。シュトゥッツマンもピリオド楽器 なのですが、歌の方は思い切りロマンチック、オペラ的です(6)。これも、声の魅力 はあるのですが。

これらの他に、モーリーン・フォレスター (Maureen Forrester) という往年の名ア ルト歌手のCDがあり、http://www.amazon.com で全楽章のサンプルを聞くことがで きます。("forrester bach"で検索)これも買おうかなと思案しているところで、結 局買ってしまうのでしょうね。(結局買ってしまいました。ゆったりしたテンポで感情豊かに歌いますが、こういう演奏におぼれてしまうのも良いものです。2002-04-14)

と言うわけで、カウンターテナーならヘレヴェッヘ盤、女性アルトならマリナー盤、 総合的にはマリナー盤に一番魅力を感じると言うところでしょうか。

▼あと、もう一点、楽器編成のことですが、シェルヘンがオルガンの代わりにチェン バロを使用していることは書きました。それも、非常に古くさい「モダン・チェンバ ロ」です。5曲目のアリアは、オルガンのオブリガートですが、代わりにフルートを 使用しているものもあります。これは、バッハの晩年の演奏でとられた措置に根拠が あります。カウンターテナーのリンデ/ヤーコプス盤、女性アルトのリリング/ハマ リ盤、ヴァン・ネス盤がそうです。

しかし、どんな話をしても、CDを買わなければ絵に描いた餅。とりあえず今すぐ 聞くためには、BWV Bach MIDIのページにアリアの MIDIファイルがあります。曲の雰囲気は一応出ています。

(2001年3月25日)

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2002-04-14更新
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