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カンタータ第40番《神の子の現れたまいしは》

バッハの教会カンタータ(59) BWV40

カンタータ第40番《神の子の現れたまいしは》
Darzu ist erschienen der Sohn Gottes
1723,12/26 降誕節第2日

1723年のクリスマスシーズンは、6つのカンタータが演奏されました。12月25日の降誕節第1日にはワイマール時代の旧作カンタータ63番、本日26日にはこの40番、明日27日は64番、明けて新年1月1日には190番、続いて2日日曜日には153番、そして6日の顕現節には65番という具合です。 この翌年と1734年のシーズンには6曲のカンタータが作曲され、後者がすなわちクリスマスオラトリオですが、バッハの創作力の旺盛さに圧倒されます。

このカンタータの特徴は、合唱、アリア、レシタティーヴォによる降誕のメッセージに対して、その都度コラールが応じる形を取っていることで、会衆一同でクリスマスの喜びを確認する音楽となっています。8曲のうち3曲がコラールで、それがすべてシンプルな4声コラールなのです。

なお、このカンタータには小林英夫氏の素晴らしい対訳と解説があります。特に聖書との関係で詳しい解説がありますので、ぜひごらん下さい。

第1曲の合唱は、2本のホルンと2本のオーボエが活躍する祝祭的な音楽。(2本のホルンはシーズン最後の65番でも登場します。)「神の子が現れたのは、悪魔の業を滅ぼす為なのです。」(だも訳)このメッセージは、クリスマスの中心的なメッセージに他ならず、讃美歌112番「諸人こぞりて」の2番に「悪魔のひとやを うちくだきて/とりこをはなつと 主はきませり」と歌われているのと同じです。中間部にフーガを持つ三部形式ですが、それぞれの部分でこの歌詞が通して歌われます。また、それぞれの部分で、"zerstöre"(破壊する)が長いメリスマで歌われ、強調されています。

第2曲テノールのレシタティーヴォは、さらにキリスト降誕の意味を説き明かす、音楽による説教と言っても良いものです。神の子がおのれを低くして人類を救うために生まれたというメッセージが、「王が家来となり、主人が下僕となって」という喩えによって、強いイメージを伴って歌われます。
音楽的には、特に" bestrahlt"(照らす)が上昇のメリスマで歌われ、次の小節で低音がそれに応じるあたりから、にわかに視界が開け新しい世界に入っていくような効果が素晴らしいです。「王が家来となり、主人が下僕となって」のところも、高(王が、主人が)低(家来となり、下僕となって)の効果が、何でもないようですが、説得力があります。

▼そこで第3曲コラールは、ここまでのメッセージを会衆一同確認するものであり、いわばいちいち納得しながら音楽は進んで行くのです。

第4曲バスのアリアは、バロックオペラなどによく見られる「怒りのアリア」(90番、70番と、この時期バッハはこの形式に凝っていたみたいです。余談ですが、フィガロの結婚にも伯爵の怒りのアリアがありましたね)。跳躍のはげしい旋律で、蛇(悪魔の象徴)との戦い、「蛇の頭を砕く」救い主の形象が歌われる中で、(救い主が)"geboren"(生まれ)という個所は滑らかなメリスマで歌われています。

第5曲レシタティーヴォの冒頭▼続く第5曲アルトのレシタティーヴォは、通奏低音だけの第2曲と対照的に、弦のアルペジオを伴うアリオーソです。蛇(悪魔)との戦いの後の安息を表すかのような穏やかな音楽の中に、"Gift"(毒)が2個所と最後の"betrübter"(悲しむ)の不協和音が、未だ完全な勝利には至らない人間の姿を暗示します。
なお、Alfred Dürrの解説によると、第4曲と第5曲の弦に現れる16分音符はすべて蛇を表していると言うのですが、どんなものでしょうか?歌詞と旋律の関係はある程度明確なものですが、特定の音型が何を表すか、あまり深読みするのはかえって音楽が面白くなくなるように思うのですが。

第6曲コラールは、従って勝利と救いを確信するための儀式のようなものです。ここに至って、会衆一同にキリストの降誕の意義、勝利と救いの確信が行きわたり、最後の祝賀の音楽に向かう準備ができます。

第7曲テノールのアリアは、文字通り喜びの音楽です。2本のホルンとオーボエとともに第1曲の祝祭的な雰囲気が再現されます。(ホルン、オーボエ、通奏低音のみという楽器編成は珍しいものです。)

変形のダカーポ・アリアとなっており、第1部では"freuet"(喜びなさい)が繰り返し繰り返し、極度に技巧的で長大なメリスマによって歌われます。「喜ばしい」という表現はバッハの得意とするところですが、その中でもとりわけ喜ばしいアリアです。

中間部は少し雰囲気が変わり、「地獄の者どもがいかにあばれようと、悪魔の猛威があなたがたを驚かそうと」(小林訳)という部分、これは2回歌われますが、特に2回目の" erschrecken"(驚かす)は息も絶え絶えの様子を表すかのように歌われます。 そこに、イエスが登場し「母鳥がひな鳥の世話をするように、御翼の陰に包み込んで下さる。」このように、繰り返しキリストによる救いが確認され、確信されるのですね。

▼こうして、第8曲最後のコラールは、おさえきれないような喜びに満ちたものとなります。このコラールの題は"Freuet euch, ihr Christen alle"(こぞりて喜べ、汝らキリスト者よ)というもので、その第4節が歌われているのですが、第7曲アリアの歌詞もここからとられているわけです。

「キリストに従う者の群のひとりひとりに、平和と幸福な新年を与えて下さい。」
「キリストに従う者の群」というのは、当時の表現ですから、「すべての人類に」という意味に考えたいですね。これは、現代人にとっても切なる祈りなのです。
そして、「喜びを、喜びの上に喜びを!」「歓喜を、歓喜の上に歓喜を!」。最後は、ともに歌うのみです。

録音については、Werner, Rilling, Leonhardt, Rotzsch, Koopman, Craig Smith, Suzukiの7種類を聞きましたが、夜も更けましたので、後日に。(特に感動したのは、Rilling, KoopmanそしてWernerも捨てがたいものでした。他の演奏もそれぞれに良さがありました。)

(2004年12月26日)

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2004-12-26更新
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