バッハの教会カンタータ>カンタータ第6番
バッハの教会カンタータの大半は、1723年のライプチヒ着任から1726年までの4年間 に集中しています。すなわち、それ以前(ワイマール時代やミュールハウゼン時代)- が25曲、1727年以後が34ないし35曲ですから、結局3分の2以上がこの4 年間に集中しているのです。たまたま、DOVERの"SEVEN GREAT SACRED CANTATAS"収録 の 1、6、19、46、60、65、79 も、すべてこの時期の作品です。そんなわけで、し ばらくの間(気が変わるまで)この4年間の作品を中心に聞いていきたいと思いま す。
▼このカンタータのテーマになっているのは、復活したイエスが弟子たちの前に現れ たのに、弟子たちはそれがイエスであることをなかなか悟れなかったという物語で す。
この日、ふたりの弟子が、エルサレムから7マイルばかり離れたエマオという村へ 行きながら、このいっさいの出来事について互いに語り合っていた。語り合い論じ あっていると、イエスご自身が近づいてきて、彼らと一緒に歩いて行かれた。しか し、彼らの目がさえぎられて、イエスを認めることができなかった。(ルカ 24.13-16)
イエスは弟子たちに、聖書の意味を説明するのですが、弟子たちはなかなか理解でき ません。
それから、彼らは行こうとしていた村に近づいたが、イエスがなお先へ進み行かれ る様子であった。そこで、しいて引き止めて言った、「私たちと一緒にお泊まりくだ さい。もう夕暮れになっており、日はもはや傾いております」。イエスは、彼らと共 に泊まるために、家にはいられた。一緒に食卓につかれたとき、パンを取り、祝福し てさき、彼らに渡しておられうちに、彼らの目が開けて、それがイエスであることが わかった。するとみ姿が見えなくなった。(ルカ24.28-31)
▼「私たちと一緒にお泊まりください。もう夕暮れになっており、日はもはや傾いて おります」と、切々とした合唱で、曲は始まります。ゆったりとしたサラバンドのよ うな3拍子。夕映えの中に消えていこうとするイエスを引き止める弟子たちの訴え は、暗黒が迫る中、最後の希望を確かめようとする、現代にも通じるような共感を覚 えながら聞くことができるものです。以後のアリアもコラールも、歌詞はすべてこの バリエーションと言えます。中間部は激情のほとばしるような4拍子のフーガとな り、再びもとの3拍子に戻ります。
2曲目のアリア。オーボエ・ダ・カッチャ(イングリッシュホルン)とアルトの声の 絡み合いが、牧歌的で心地よい。
3曲目のコラール。これは、もう最高だなあ。このコラールはオルガ ンのシュープラーコラール集にも編曲されて有名ですが、ここではチェロ・ピッコロ の技巧的なオブリガートとソプラノの単声で歌われる讃美歌の素朴な旋律の取り合わ せが、楽しくも高貴な世界を作っていて、もはや何も言うことがありません。なお、 この曲のMIDIが、BWV Bach MIDIのサイトに、BWV 6 と BWV 649 の2種類入っています。
次のバスのレシタティーヴォは、一応歌詞を歌うために入っているという感じ。暗黒 が支配するのは、人の心が神に従わないことの反映だとか何とか、ちょっとしたお説 教ですね。この曲でバスはこれっきり。これだけのためにフィッシャー=ディースカ ウとか呼んでくるのはもったいないような。
5曲目のテノールのアリアが、またすごい。真摯なきびしい楽想のアリアを、弦楽合 奏が模倣し、さらに細かいリズムの変化で彩っていくところ、また、そのハーモニー の豊かさ、とにかく心を打たれます。
そして、最後は主イエスを誉めたたえるコラール合唱で、印象深く曲が閉じられるの です。
この作品は、最初の合唱が情感のある感動的なもので、さらに、アリアとコラールが それぞれ全く違った個性を持ちながら、いずれも充実したもので、特に優れたものと 言えるでしょう。(「特に優れたもの」が多すぎるのですが)なお、これは、先日聞 いたカンタータ第1番《輝く暁の明星のいと美わしきかな》BWV1の8日後に初演され ているのです。わずかな期間に、このような傾向の違った傑作を次々と生みだしたの は、まさに驚くべきことです。
▼さて、この曲の録音ですが、次のようなものがありました。ただし、最後のは、ア マリリスという室内グループによる、3曲目のコラールだけの演奏です(最近出た "Aria"というアルバム)。これ以外に、私は聞いたことがありませんが、フリッツ・ヴェルナーによるも のがあります。
コワン 1995 AUVIDISコワンは、フランスのチェロ奏者で、チェロ・ピッコロの活躍するカンタータばかり 選んで、3枚のCDを録音しています。独唱者も、シュリック、ショル、プレガル ディエンといった最高のメンバーで、もちろんチェロ・ピッコロもうまく、充実した 演奏。ガーディナーも、聞いてみるととてもよい演奏でした。(CDの前で指揮棒を 振り回すという人はけっこういるんじゃないかと思いますが、ガーディナーのは、私 の「指揮」と実にぴったり合っておりました。)
逆に、Leusinkは合唱もバラバラ、楽器も独唱ももう一つで、またもやパス。リリン グも、すべての点でいまいちでした。
でも、やっぱり感動的なのはリヒターの演奏。特に、最初の合唱やテノールのアリア のような、重みのある音楽では、リヒターの真価が発揮されるようです。テノールの シュライヤーも名演。しかし、この曲ではアルノンクールもインパクトのある演奏で した。合唱もよい。アルトのエスウッド、テノールのエクィルツ共に完璧。しかし、 なんと言っても、3曲目のコラールでは、アルノンクール自身のチェロ・ピッコロも 実に情感があってうまく、ウィーン少年合唱団員の高貴ささえ感じさせるソプラノも 最高でした。多少不安定でも子どもだから許せるというようなレベルとは隔絶した、 すごみのあるうまさでした。
なお、2曲目のアルトと、3曲目のソプラノの扱いは以下のようになっています(等 幅フォントで見てね)。このソプラノはボーイソプラノが断然よいと思います。斉唱 はちょっとね。
アルト ソプラノ(2001年3月31日)