バッハの教会カンタータ>カンタータ第75番
しばらくの間、DOVERから出版されている"SEVEN GREAT SACRED CANTATAS"と"ELEVEN GREAT CANTATAS"収録の作品を中心に聞いてきましたが、 今後は、基本的にライプチヒ時代の作曲順に聞いていこうと思っています。
今回は、バッハがトーマスカントルに採用されて、初めて披露した作品、 カンタータ第75番《乏しき者は食らいて》。1723年5月30日に、聖ニコライ教会の礼拝で演奏されました。以前に取り上げたBWV 22,23はトーマスカントル採用試験の作品で、約3ヶ月後に正式の就任となったわけです。これ以後、ほぼ週1回のペースで教会カンタータが量産されていくことになるの ですが、にもかかわらず質的にも素晴らしい作品が多く生まれたことは、これまでにもご紹介したとおりです。
▼さて、この作品は実に大規模なもので、第1部7曲、第2部7曲の14曲からなり ます。この次の週に聖トーマス教会でのお披露目となった76番も同様に14曲から なります。ABC...を123...と置き換えるとBACH→2138で、合計14、これがバッハ自身を表すというのは、よく聞く話で、 BWV 4のシンフォニアも14小節。その他、マタイ受難曲など重要な作品によくこの数字が現れるそうです。 それはともかくとして、何しろ長い曲です。
作品の構成は、第1部が合唱曲で始まりコラールで終わる。第2部はシンフォニアで 始まり同じコラールで終わる。どちらもその間レシタティーヴォ──アリア──レシ タティーヴォ──アリア──レシタティーヴォということになっています。SATBすべ てのアリア、レシタティーヴォを含み、資源を使い切っているという感じです。
▼あまりに長いので、印象的なところだけをあげておきます。冒頭の合唱曲は、フラ ンス風序曲のような付点音符の始まり方とそれを受けるオーボエ独奏が実に印象的。 合唱も重みがあって実によろしい。不協和音の使い方が絶妙。フーガになると、合唱 だけでなくオーボエも2本になって対位法の妙を繰り広げます。
以後、レシタティーヴォは計6曲もありますが、残念ながら音楽的にとりわけ印象に 残るものは余りありません。歌詞も、聖書の「貧しいものは幸せだ」というのをいろ いろに修飾しているだけで、今ひとつ。
3曲目テノールのアリア。「十字架動機」というのが出てきます。「ドレシド」「ミ ファレミ」というような旋律を楽譜にしてみると、4つの音符が十字の形をなすとい うことで、そんなの知らなきゃ分からないことだと思うのですが、バッハの時代の音 楽ではそう言った「了解事項」がけっこう重要な役割を果たしていたらしいですね。
5曲目ソプラノのアリアは魅力的な楽想です。オーボエの伴奏による、もの悲しいよ うな曲ですが、心が慰められる。と思ったら、思い切りコロラトゥーラが現れると いった具合です。引き続きソプラノのレシタティーヴォですが、ここで現れる変な音 程は、「死」という単語に対応しています。
第7曲コラールは、第14曲と同じですが、オーボエと弦楽の喜ばしいリトルネッロ 主題をともなうもので、よく聞くとリトルネッロ主題自体がコラール主題の変形となっています。
▼説教が終わって第2部、今度は第8曲シンフォニアでトランペットがコラールを奏しま す。実にあの手この手で盛りだくさん。新カントルの手腕を見よと言うところです。
第10曲アルトのアリア。これは、演奏にもよるのですが、伴奏ヴァイオリンの流れ るような旋律が魅力です。(レオンハルトの演奏だと流れず、刻むのですが。)
第12曲バスのアリア。これはトランペットの三連符を連ねたオブリガートがなんと 言っても華やか。
こうして、再び第1部と同じコラールで明るく全曲が閉じられ、大変良くでき ましたという作品になります。
▼やはり、こうして聞くと、顔見せ興行的なところが強いように感じました。バッハが自分の 作曲能力を誇示しているという面があります。冒頭の合唱曲など素晴らしく、 その他も水準は高いのですが、真に感動的かという意味ではもう一つと感じました。
▼演奏は、従来スタイルのリリング、他は歴史指向で、レオンハルト、コープマン、
鈴木、Leusink(Brilliant classics) レオンハルトの切り込みの鋭さが印象的。鈴
木はそれをモデレートした感じ、Leusinkも十分聞かせます。しかし、いろいろ聞い
てみて、最後にリリングの暖かい演奏にほっとしました。
この作品についての上記の感想は、主に歴史指
向の演奏を聞いてのものです。もしリリングの演奏だけを聞いていたとしたら、少し感想が変わったかも
知れません(良い方に)。なお、茂木大輔さんが第2オーボエを吹いているようで
す。(ということは、第1曲のフーガ部分とコラールで登場するのかな。)リリング盤に
はけっこう日本人プレーヤーが出てくるようで、32番でも宮本文昭さんが実に胸に
しみる演奏をしています。
(2001年5月28日)