バッハの教会カンタータ>カンタータ第76番
前回のBWV75に続いて、バッハのライプチヒ顔見せ作品。今度 は聖トーマス教会での初演作品です。構成は非常に似通っていて、第1部7曲、第2 部7曲、SATBすべてのアリアがあり、アリアとレシタティーヴォの対称構造とか、ほ とんど同様です。
いくつかの理由がありますが、BWV75よりはこちらの方が感じるところの多いもので した。現実的な理由としては、こちらにはカール・リヒターの演奏があること。それ に、楽譜も買っちゃったので、やっぱり曲の見え方が違うことなどです。(楽譜は Carusのポケットスコアを見つけました。なかなか見やすい楽譜で、英語の歌詞(対 訳ではない)もついていて、1000円もしませんでした。もっと短い曲だと500円ぐ らいからありました。)
▼まず出だしの合唱曲。BWV75の荘重な始まり方とは違って、喜ばしいトランペット による華やかな始まり方、ヴォーカルはソロとテュッティの対照と、心が浮き立つよ うな音楽。さらに、フーガの部分も大変うれしい。これは、高校の頃「コールユーブ ンゲン」の第2部というのを友人と集まってはよく歌っていたのですが、そこに「バッ ハのフーガ」として収められていました。当時はもちろんなにも知らずに、「バッ ハのフーガはかっこええなあ」とか言いながら歌っていたのですが、30年ぶりに曲 名が分かりました。
第2曲テノールのレシタティーヴォ。これは、ぼーっと聞いていても思わず耳をそば だててしまうような曲です。中間部のアリオーソが大変おおらかでスケールがあり、 「天が開け、身体と心が動くように」という歌詞を音楽的に表現しているようです。
第3曲ソプラノのアリア。出だしの付点リズムによるメロディー(ミーファソミド) は、いわゆるハイドンのセレナーデと同じ。これをヴァイオリン、チェロとソプラノ が歌い交わすのが実に美しく面白いです。
これにバスのレシタティーヴォが続き、第5曲バスのアリアは三連符で始まる難しい もの、トランペットも輝かしく難しそう。続くアルトのレシタティーヴォはどうも印 象に残らない。
第1部と第2部をしめくくるコラールは、弦とトランペットで始まるこの感じが思わ ずぞくぞくっと来ます。終始、トランペットがコーラスを先導する形も何かいいな あ。バスの動きも特徴があり、とにかくこのコラール最高。
▼第2部冒頭のシンフォニアがまた何とも言えない情感に満ちた音楽。オーボエ・ダ モーレ、ヴィオラ・ダ・ガンバと通奏低音によるトリオソナタ。オルガンのトリオソ ナタBWV528第1楽章と同じ音楽ですが、こちらの方が原曲になるそうです。オルガンのトリ オソナタをまた室内楽に編曲して演奏することが多いですが、もっともな話です。
バスのレシタティーヴォに続くテノールのアリアはまた激しい音楽です。大変難しい 音程を跳躍したり、コロラトゥーラを繰り広げたり、聞き応えはあります。このカン タータは、男声のアリアが大変技巧的で意欲的な曲です。
アルトがレシタティーヴォに続いて歌う第12曲のアリアは、第3曲と対をなすよう な美しいもの。シンフォニアと同じくオーボエ・ダモーレ、ヴィオラ・ダ・ガンバ、 通奏低音の掛け合いを縫うように歌われる流麗な歌。8分の9拍子が大変心地よく、 慰めに満ちています。
続くテノールのレシタティーヴォは短いですが、このカンタータのメッセージを確認 する上でなくてはならない確信に満ちたものだと思います。再び第1部と同じコラー ルが歌われ、「アーメン」で全曲の終わり。BWV75の暖かく優しい雰囲気のコラール とは違って、崇高かつ、やや古風な感じもします。これもカンタータの主題とよく合っ ているのでしょう。
▼録音は以下のようなものがあります。
特別変わった演奏は、シェルヘンのもので、何と演奏時間45分。実にたっぷりした 表情で歌います。コラールのテンポなど他の演奏の倍ぐらい遅い。よくバッハのロマ ン主義的解釈云々ということを言いますが、この演奏を聞くと実感できます。 シェーンベルク、バルトーク、ベルクなどがバッハから多くのものをくみ取っている のは有名ですが、彼らのバッハ像はこういうものだったのでしょうか。しかし、 聞き応えのある演奏ではあります。
リヒターの使った楽譜(旧バッハ全集)はどうなっていたのか知りません が、冒頭の合唱曲で"Soli""Tutti"の区別を無視して、すべて合唱でやっています。 他の曲でも同様の例が多いので、おそらくリヒターの考え方なのでしょう。しかし、この 区別はある方が面白い。リリングは区別しています。全般的にはどちらも良い 演奏と思います。ただ、リヒター盤のシュライヤーとかトランペットのピエール・ ティボーなどはちょっと特別にうまいです。バスはリヒター盤のクルト・モルよりリリング盤のニムスゲルンの 方が好きですが。
アルノンクール、コープマンの演奏はもう一つぱっとしなくて、歴史指向の演奏では 鈴木盤がまあ良いかなと言う感じ。コープマンのは、合唱が軽やかで自発性に富んで いて大変良いのですが、その他の部分で肩の力を抜きすぎたようなところが目立ちま す。バスのメルテンスなど非常にうまいのに、器楽部分がだらだらしていて全然面白 くありません。同じバスのアリアで、歌手ははるかに下手なのに、鈴木盤の方がずっと 面白く聞こえるのです。
Scherchen 1952 Westminster Richter 1975 ARCHIV Rilling 1978 Hänssler Harnoncourt 1978 TELDEC Koopman 1997 ERATO Suzuki 1998 BIS Leusink 2000 Brilliant(2001年6月11日)