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カンタータ第80番《われらが神は堅き砦》

バッハの教会カンタータ(35) BWV 80

第80番《われらが神は堅き砦》BWV80
Ein feste Burg ist unser Gott
1724,10/31? 宗教改革記念日

さて、これは大変よく演奏される曲です。も ちろんDOVERの楽譜にも入っています("ELEVEN GREAT CANTATAS")。有名なルター作 曲の讃美歌「神はわが櫓」が全編を貫き、バッハがルターを誉め讃える熱い思いが伝 わってきます。

ところで、この曲の成立はなかなか複雑です。もともと、ワイマール時代に作曲され た《すべて神によりて生まれし者は》 BWV 80aという作品があり(歌詞のみ現存)、 これは1715年 3月24日 復活祭前第3日曜日(ついでに言うと、これは私の誕生日、 もちろん1715年ではありません)の初演。この作品に「神はわが櫓」が使われていた ことと、ライプチヒでは復活祭前はカンタータの演奏が行われなかったことから、宗 教改革記念日に転用、改作されたのです。

ライプチヒでの初演は、"Oxford Comoser Companions"(OCC)によると、1723年10月 31日、東京書籍「バッハ事典」(事典)によると"1724年10月31日?"。ところが、こ れも現在演奏される曲とは違い、自筆譜も一部分しか残っていない。その後何度か改 作の手が加えられ(つまり何度か演奏され)、最終稿が弟子のアルトニコルの筆写譜 で現在に伝えられていると言うことです。

ところが、話はまだ終わらず、息子のフリーデマンが第1曲と第5曲にトランペット とティンパニを加えて、自作のカンタータに流用したその稿が、なぜか旧バッハ全集 に採用されてしまったのです。ドーヴァーの楽譜は旧バッハ全集そのものですから、 当然フリーデマン版が載せられています。この作品のイメージとして、トランペット とティンパニがにぎやかというのが一般的ではないかと思いますが、これはバッハの 意図ではなかったわけです。次に、この作品の録音を年代順にあげましたが、△のつ いているのがフリーデマン版を演奏しているものです。リヒターはしかたがないとし て、ヘレヴェッヘもフリーデマン版を演奏しているとは。(この他に、フリッツ・ヴェルナーの録音があります。これはどうでしょうか?)

1.△Prohaska     1951 VANGUARD OVC 2543
2.△Rilling     1964 VOX CD3X 3039
3. Mauersberger   1966 EDEL 001821
4.△Goennenwein   1967 EMI 5 68752
5. Harnoncourt   1978 TELDEC CANTATA 5
6.△Richter     1978 ARCHIV 439 394 (5)
7. Rotzsch     1982 EDEL 001833
8. Rilling     1983 Hanssler CD 92.026
9.△Münchinger    1984 DECCA 448 706
10. Rifkin      1985 L'OISEAU-LYRE 455 706
11.△Herreweghe    1990 HMX 2951326
12. Thomas, Jeffery 1995 KOCH 3-7234
13. Leusink     1999 Brilliant cantata 1

曲の印象はかなり違ってきます。特に第1曲では、原曲の対位法の迫力が、トランペット とティンパニに邪魔されてしまいます。ヘレヴェッヘ盤など合唱が非常にうまいだけ に惜しいことです。

まだ全部は聞いていないので、演奏については、次回回しとしますが、度肝を抜かれ たのがゲンネンヴァインの演奏。第1曲でオーボエが定旋律を奏し、通奏低音がそれ を模倣してカノンを形成するところがありますが、ここで、トランペットを加えるの はもちろん、通奏低音をチューバで吹かせて大変な迫力。もちろん、全然バッハ的で はありません。に金管(バストロンボーン?)を使用し、大変迫力があります。もう一つ、Leusink盤は最近論外みたいな扱いをしてきましたが、こ の演奏は大変素晴らしい。BWV 80, 82, 61という組み合わせも名曲ぞろいで、ていね いな思いを込めた演奏に感動しました。実はこれが第1作なのです。このレベルの演 奏が最後まで行われていたら大変貴重な全集になったはずです。無理な録音スケ ジュールに押しつぶされたみたいで気の毒です。

▼さて前置きが長くなりましたが、作品はなかなか規模の大きいものです。全部で8曲、演奏時間25分 近く。冒頭の大合唱曲とコラール合唱が2曲、アリアが3曲うちデュエットが2曲、 あとレシタティーヴォ2曲というものです。

冒頭の大合唱曲は対位法の極致。ルターの讃美歌をテーマにした合唱フーガと上記の カノンが組み合わされて、実に力のこもったものです。歌詞も、神を守りとして迫り くる敵と戦おうと言う勇ましいもの。トランペットとティンパニは曲の構造を見えに くくします。

次のアリアは、頻繁なオクターブ上下の弦楽リトルネッロで始まり、技巧的なバスの アリアにソプラノが讃美歌の旋律を重ねます。「われらのために戦う正義の人、その 人の名はイエス・キリストそして真の神、イエスに従う者に勝利がある」少年ドラマ のヒーローみたいにスカッとしていますね。

バスのレシタティーヴォ/アリオーソを経て、4曲目のアリア(S)は通奏低音のみ の簡素な曲。「わが心を家としてイエスを迎えまつらん」という純真な訴え。 "Verlangen"(望み)が長大なメリスマで歌われるところ、"weg, weg, weg"(出よ、出 よ、出よ(罪の恐れ))の繰り返しなど、印象に残るところです。

第5曲のコラールは力強いユニゾンでルターの讃美歌が歌われるのが印象的。悪魔と の戦いと勝利を歌っています。オーケストラは戦いの情景を描写しているのでしょ う。

今度はテノールのレシタティーヴォ/アリオーソを経て、7曲目のデュエットが何と 美しいことか。オーボエ・ダ・カッチャとヴァイオリン、アルトとテノールが時に寄 り添い、時に対話し、幸福に満ちた歌を歌います。これはバッハのアリアの中でも最 高に美しいものの一つですね。(今、ヘルタ・テッパーとペーター・シュライヤーで 聞いていますが、もう最高!)

そして、最後の4声コラールは、まっすぐに神への絶対の信頼を歌い、全曲をしめく くります。単純で、かつ奥深い終わり方。では、録音の話は次回で。

(2001年5月3日)

さて、それでは個々の演奏について。

▼基本的に、フリーデマン編曲はあまり採りたくないのですが、捨てがたい演奏もあ ります。

古い順に言うと、まずプロハスカは、50年も前にこんなに自然な美しい演奏があっ たのかと感心しました。冒頭の合唱など、発声はビブラートが目立ちますが、次第に 胸が熱くなるような演奏です。若い頃のクルト・エクィルツや懐かしいワルター・ベ リーの名前もあります。ただし、音源は古くて、音飛びもあります。

ゲンネンヴァインのチューバはどうかと思うものの、確かに金管による通奏低音は豪快でスカッとします。 アメリンクやベイカーといった名歌手も参加。第4曲や第7曲などとても美しい。2 枚組の廉価版で売っています。

そしてリヒター。最後のコラールにまでトランペットとティンパニを加えるのは感心 しませんが(これはフリーデマン版にもない)、やはりフィッシャー=ディースカウ、エディッ ト・マティス、ペーター・シュライヤーと来れば聞き逃せません。全体に力のこもっ た輝かしい演奏。トランペットも輝かしい音色。でも、やはり邪魔です。惜しいこと です。

リリングの古い方の録音は、よく知らないメンバーで、音程も怪しいような演奏。 ミュンヒンガーも四角四面で面白みのない演奏。テンポもゆったりしていると言うよ り、だれた印象。

▼前回述べたように、やはり、聞くなら本来のバッハを聞きたいものです。

マウエルスベルガー(弟のエアハルトの方)の演奏は、従来型の演奏としてはベスト と言いたいものです。全体に遅めのテンポで、実にまっすぐな合唱、そしてアリアの 細やかな美しさも出色です。アグネス・ギーベル、ヘルタ・テッパー、ペーター・ シュライヤー、テオ・アダムという顔ぶれで、特にシュライヤーはリヒター盤とロッ チュ盤でも歌っていますが、この時期の清潔感に満ちた歌が最高と思います。この デュエットのヴァイオリンの優しさとオーボエ・ダ・カッチャののどかさが胸にしみ ます。このCDは140番、55番との組み合わせで、55番のシュライヤーは同曲 中最高の歌唱と思います。

ロッチュはとにかく音の良い演奏で、大変心地よい、マウエルスベルガーをちょっと だけ新しくした感じです。アーリン・オジェーは確かに美しい。前回の79番との組 み合わせ。

リリングの新盤は真面目な演奏で、対位法の面白さは分かりますが、デュエットなど あまり美しいと思わない。もう少しゆとりを持って楽しませてほしい。

と言うわけで、ここまでの従来型の演奏では、マウエルスベルガーが特に素晴らし く、ロッチュもなかなか良いと言う感じ。さすがトマスカントルです。また、音は悪 くトランペットとティンパニも加わっているがプロハスカの演奏も忘れがたいもので す。残り5つ(5,10,11,12,13)、歴史指向の演奏については次回で。

(2001年5月5日)

アルノンクールとヘレヴェッヘは、もう一つ魅力に欠ける演奏です。アルノンクール は、とりあえず歴史指向でやるとこうなると言う演奏。ヘレヴェッヘはトランペット とティンパニだけの問題ではなく、技術的にはすごいけれど、訴えるもののない演 奏。(主観的な書き方で申し訳ありませんが。)

リフキンの演奏を聞くと驚きます。1パート1人の響きは祝祭的雰囲気とはほど遠 い、親密なもので、作品のイメージを全く変えてしまいます。対位法的な絡みもよく 分かり、いろいろと興味のある演奏ですが、音楽的表現という点では物足りないもの があります。BWV147,8,140,51,78の2枚組で、とても安い。

リフキン盤でテノールを歌っているジェフリー・トーマスがアメリカン・バッハ・ソ ロイスツを率いた演奏は以前にも取り上げましたが、この曲に関しては今のところ私 のベストです。合唱の迫力もあり、アリアの美しさも出色、全体に生気に満ちていま す。特に、第4曲の良さは、この演奏を聞いて認識を改めました。バロックチェロの 響きが何とも言えず軽やかで慰めがあり、これを聞くと、従来型の通奏低音は鈍重に 聞こえます。ジェフリー・トーマス自身も歌っていて、レシタティーヴォもデュエッ トも実に雰囲気があります。BWV78,140とのカップリング。今までのところ店頭で見 かけたことはありません。

Leusinkの演奏は、トーマスのものより少し編成が大きいようで、響きの空間を感じ ますが、共通の雰囲気があります。リフキン以下の演奏は、この作品にまつわる伝統 的なイメージを捨て去った上で、改めてバッハの音楽と向き合ったものと言えるで しょう。第4曲のアリアのチェロはトーマス盤に劣りません。ソプラノのルス・ホル トンは少年的な声で、トーマス盤とは別の魅力があります。テノールとアルトは下手 なので、第7曲のデュエットは苦しいです。欠点はあるけれど、全体としては良い演 奏です。(もし売っていれば、5枚組1,500円ぐらいです。)

このように、聞き終わってみると、祝祭的で華やか・にぎやかな曲というイメージが 変わってしまいました。むしろ、室内楽的な緊密な構成美を持つ作品と言えるようで す。いずれ、BCJやコープマンの録音が出るのが楽しみです。

(2001年5月5日) (2006年9月16日一部訂正)
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2002-08-13, 2006-09-16更新
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