カンタータ第61番《いざ来ませ、異邦人の救い主》バッハの教会カンタータ(13) BWV 61 (ワイマール時代8)
カンタータ第61番《いざ来ませ、異邦人の救い主》BWV61 名曲というものはあるものですね。冒頭から心を奪われ、聞き通 してしまうような作品の場合、調べてみると、やっぱり録音も多いし、楽譜も入手し やすい。今日もBWV 61を聞き始めて、「これは」と思い、手元のドーヴァー版の楽譜 を見たら、ちゃんと入っていました。"ELEVEN GREAT CANTATAS"という楽譜です。収 録されている曲は、BWV 4, 12, 21, 51, 56, 61, 78, 80, 82, 106, 140 。今までに 取り上げたのは、4, 12, 21, 106 ですが、いずれ劣らぬ名曲でした。長年、多くの 人によって愛聴されてきた曲というものは、それだけのことがあると感じた次第で す。 ▼この曲は、待降節(アドベント)第1日曜日、すなわち教会暦の始まりとなる日に 演奏されたものです。私の子供時代の記憶では、この日になると「クランツ」とい う、木の枝をリング状に編んだものに4本のろうそくを立て、今日は1本、来週は2 本とともして、4本ともると、いよいよ次はクリスマスとなるのです。やっぱり、 「三位一体後第〜日曜日」と言うようなのよりは、格段にわくわくする季節です。 そう言うわけで、カール・リヒターのカンタータ選集でも、1枚目の第1曲がこの曲 なのです。 ▼第1曲序曲(合唱)は、壮麗な堂々とした入場行進を思わせる序曲に、ルターの讃 美歌「いざ来ませ、異邦人の救い主よ」がからむという曲で、一気に気分が高揚して きます。思わず一緒に歌いたくなるような曲。受け売りですが、「フランス風序曲」 は本来オペラ劇場への王の到着を迎える曲だったとか。信仰の王イエスを迎える、同 時に1年の始まりを迎えるという二重の意味を持った曲だそうです。理屈はともか く、これはご機嫌な曲です。 第2曲テノールのレシタティーヴォ。レシタティーヴォと言うのは、言葉が主のよう なものでありながら、実際には音楽的内容が濃いものと、ただ言ってるだけというも のがあります。このレシタティーヴォは、第1曲と第3曲の橋渡しとして、音楽的に も欠かせないものという印象です。 第3曲テノールのアリア。8分の9拍子のゆったりした弦楽合奏の流れが、この上な く幸せ。それも、ただ漠然と流れるのでなく、急に息を潜めたかと思うと、再び優し く流れ出す。もう言うことなし。 第4曲バスのレシタティーヴォ。ここで、音楽は急に引き締まり、幸せに浸っていた 気分から、はっと我に返ります。礒山雅さんは「主が今戸口に現れたかと思えるほど の、リアルな表現」と書いておられますが、実際聞いてみて、実際その通り。前回は 「退屈バッハ」でしたが、今回はまさに「天才バッハ」。とにかく、ビールを飲ん で、半分居眠りをしながら聞いていても、この部分では絶対に目が覚めるという曲で す。 第5曲ソプラノのアリア。そう言う緊張のあとに、切ないばかりの真摯な信仰を歌う ソプラノを、チェロが優しく支えるこのアリア。ここで、ついに涙腺は全開となり、 心が清められる。まさにこれぞカタルシスです。 第6曲コラール。いつものお新香とお茶漬けコラールではなくて(それも悪くないと 思いますが)、大変華やかな、アーメンコーラスを思わせるような曲。そして短い。 この短さがまたすばらしいです。(「もう終わりですが」と言いながらいつまでもだ らだらと話を続けるどこかの校長に聞かせてあげたいよ。)心が浮き立つ短いコラー ルが、これに続くクリスマスの楽しみをさらにかき立てるような気がします。 と言うわけで、久しぶりに欲求不満解消。バッハのすごさをつくづく感じました。 ▼この曲は、録音も多いのですが、今回はカール・リヒターの録音だけを聞きまし た。今まで、所有する録音は全部聞いてから書くということで続けてきたのですが、 この場合は、リヒターの演奏に完全に満足してしまいました。 それで、リヒターの演奏ですが、顔ぶれもすごいですよ。ソプラノ:エディット・マ ティス、テノール:ペーター・シュライヤー、バス:フィッシャー=ディースカウ。 シュライヤーの歌唱もここではまじめで清潔です。フィッシャー=ディースカウはレ シタティーヴォ1曲だけの出番ですが、存在感は抜群。そして、マティスの歌には涙 が出ます。これは(他との比較の問題ではなく)最高の演奏です。輸入盤では4〜6 枚のボックスセットですが、国内盤は1枚1500円のシリーズで、BWV 132, 63と の組み合わせで出ています(POCA-3008)。BWV 63はBWV 61と同時期に作られた作品 で、 こちらもなかなか人気がありそうです。次回は、これを聞いてみたいと思います。 では、この幸せな気分で、もう少しビールを飲むことにしましょう。 (2000年5月13日執筆)
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